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2010年9月23日 (木)

朝日新聞大阪本社版夕刊 2010年9月21日 大阪大、壁壊したら「奉安庫」 戦前に御真影など収納

大阪大、壁壊したら「奉安庫」 戦前に御真影など収納

20100921

解錠作業が進められる奉安庫=21日午前、大阪府豊中市の大阪大学、筋野健太撮影

 耐震改修中の大阪大学豊中キャンパスのイ号館の壁を壊したところ、戦前に天皇、皇后の「御真影(ごしんえい)」や教育勅語を納めていた金庫型の「奉安庫」が見つかった。同大は21日午前、鍵を開ける作業を始めた。全国の学校に設置されていた奉安庫、奉安殿の多くは、連合国軍総司令部(GHQ)が1945年12月に出した神道指令で解体された。発見した同大学の廣川和花助教は「奉安庫の手前に壁を作り、65年間も見つからなかったのは珍しい」とみる。

 イ号館は28年の建築。49年の学制改革で大阪大に包括された旧制浪速高校の本校舎で、国の登録有形文化財に指定されている。1階の元校長室(約66平方メートル)の北西角を斜めに仕切っていた壁(厚さ約3センチ)をはいだところ、しっくいに埋め込まれた観音開きの奉安庫(高さ94センチ、幅73センチ)が見つかった。

 東京、神奈川で奉安殿の遺構調査をした玉川大学教育博物館の白柳弘幸学芸員は「建物に埋め込まれた奉安庫を動かすのは大変なので、手前に壁を作り、GHQから隠したのではないか」と指摘する。調査した他の学校では、建物外の奉安殿は46年までに教職員がハンマーやダイナマイトで壊していたが、動かせない奉安庫は戦後、金庫や書類入れとして使ったという。

 神戸高校や奈良女子大には講堂に奉安庫の名残の観音開きの扉が残されている。神戸市外国語大学の長志珠絵(おさ・しずえ)准教授(日本現代史)は「旧制高校や帝国大学は行政や軍とかかわって、戦争を積極的に支える役割を担っていたため、GHQの捜索を受けまいと過剰反応して隠したのではないか」と推測している。

 朝日新聞大阪本社版夕刊 2010年9月21日
 http://www.asahi.com/national/update/0921/OSK201009210065.html
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